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中央大学を卒業してなんとなぁ~く生きている人間のブログです。(笑)気楽にアクセスしてくださいね。

人は人を食べて生きている…まさに共喰い

「自分がされたら嫌なことはしてはいけません。」よく学校の先生や親が言いたがるが…あれって嘘だよ。

自分がされたら嫌なことを皆平気でしてるじゃないですか。

私は今年で23歳になりますが、一歩引いて客観的に人間を観察すると皆平気で人を傷つけてる…「私も含めて…」

結局、学校や会社のいじめやパワハラの問題は弱いものが強いものに食われていることから生じている。

いつも叩かれてるのは弱い人間で強い人間にはいじめやパワハラの自覚は薄い。

いつの時代も強いものが弱いものを食べて生きているんだ。

小学校では肉体的に優れている人間がいじめ界の強者になれる。

会社では権力のある人間が弱い人間に対してパワハラをする。

本質は変わらない。

人間の動物的な感情は怖いもので…なんとなく人をいじめてしまう場合がある。理屈はないがなんとなくいじめる。それが本当に怖い。

人間が人間を食べて自分の優位性を示しながらこの世界を生きている…まさに共喰い

 

 

 

 

心の豊かさが欠如した世界

経済的に豊かになったこの国は街中に広告の看板が溢れ、店には大量の商品が並び、燃えきれない大量のごみが転がっている。

確かに、この国で仕事をしていれば餓えることはない。

だけど、毎日朝早くに起きて、毎日会社に行って、月末にお金が銀行に振り込まれて、そんな日常を過ごしていると…お金を貰えたとしてもただ生きているだけだなぁ~と思ってしまう。

毎日変わらない日常を過ごしていると「生きている意味」についてつい考えてしまうものである。

この国は戦争もなく、水は豊富にあるし、治安だっていい…恵まれない国と比べたらこんなに快適な国はないのかもしれない。

だけど…そんなに割り切れないのが人間だ思う。

例えどんなに恵まれた国に住んでいたとしても国民には不満があるものである。

物質的豊かさはこの国ではクリアーしたのかもしれない。

しかし、精神的な豊かさはクリアーできていないのではないだろうか?

夢を叶えようとか、やりたいことをやろうとか、そんな高尚な目標よりも何らかの精神的な欲求を満たす何かがこの国の人間には必要だと最近感じるようになっていった。

心の豊かさってなんだろう?

 

 

 

心の距離感

人との距離感がわからない。

なかなか通じない、近づけない、出会えない。

他人が何を考えているのかを考えている自分…考えてもわかりもしないに考えている自分…

他人の時間を奪って会話することへの罪悪感…

「自分はいったい何をしているんだろう」と悩み苦しむ。

機械的に会話が出来たらなんて楽だろうか?

ドラマやアニメのように機械的に会話が出来たらなんて楽だろうか?

リアルに生きている人間は「怖い」…会話が怖い…

「この世で一番怖いのはやっぱり人間なんだ」と嫌なことがあるたびに再認識する。

嫌なことがあったら酒を浴びるように飲んで現実逃避。

だけど、酒を何度も飲んでいくうちに酒で嫌なことを忘れなくなってしまう。

救いが欲しい…救いが欲しい…

時々すれ違う人を見るたびに羨ましくなってしまう。

だけど他の人には他の人で色んな悩みがあるのだろうと思う。

他人のことを考える余裕なんてないのに考えてしまう。

おそらく人間に興味があるのだろう…だけど人間が嫌い…そんな矛盾に自己嫌悪。

今日も人との心の距離感がわからず心の安定感を求めて生きていく。

 

 

 

 

 

 

親の心子知らず。子供の気持ち親知らず。

親の心子知らず…意味は「親は子供のことを心配するが子供はそれを知らず好き勝手なことをするということ」らしい。

本当に子供は親の心を知らないのだろうか?

私は親も子供も不器用なだけなのではないかと思う。

一人暮らしをしている子供に親が連絡するというのはよくある親子のシチュエーションだ。

電話で親は「元気にしているか?」と聞く。

子供は「元気にしている」と答える。

今度は子供が親に「元気?」と聞く。

親は「家族みんな元気だよ」と答える。

じゃあ本当にお互が元気に生活しているのだろうか?

子供は子供で仕事で上司に怒られたり、人間関係がうまくいかなかったりといろいろな悩みがある。

親は親で体が悪かったり、仕事が忙しかったり、親には親の悩みがある。

結局、電話でお互い思いやりのある嘘をつく。

電話の会話なんてどこの家も同じで不毛なものである。

子供が小さい時は親が「絶対的な存在」で親が言うことが全て正しいと思っていた。

だけど、成長するにつれて社会にとって親は「凡庸な存在」なのだと気づきその平凡さに軽蔑や反抗を覚えてしまう。

そんな時に生まれた言葉が「親の心子知らず」なのかなぁ~とふと思う。

でも、子供の成長過程では仕方のないことだと思うし、親は嬉しい感情もあるのではないだろうか。

子供だって段々成長するにつれて平凡そうに見えた親の背中が大きく見えてくるものだ。

だけど子供は素直になれないから親になかなかうまく感謝の気持ちを伝えられない。

親も子供に対して素直になれない。

結局お互い「嘘をつきながら」心の中では感謝をして生きている。

 

親の心子知らず。子供の気持ち親知らず。

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃に想像していた大人の自分との矛盾

子供の頃に想像していた大人の自分は

もっと自由きままに生きていて…

もっと楽しそうで…

もっと生きている実感がある人生を送っていると思っていた。

大人になると子供の頃のような笑顔は減っていき、笑わなくなる。

毎日朝早く起きて、会社に行って寝てまた朝早く起きて…なんの引っ掛かりもない変わらない日常…

毎朝「私は何をやっているんだろう?」と思う人は多いのではないでしょうか?

社会人はみんななんらかの苦労をしていると思うし、毎日嫌なことが多いと思う。

例えば、上司に怒られたり、部下をうまく使えなかったり、サービス残業をしていたり、親の介護が忙しかったり…社会人の悩みは天文学的な数存在するんだろうなぁ~。

子供の頃はそんな悩みが襲ってくるなんて誰が想像しただろうか?いや、誰も想像していなかっただろう。

毎日友達とたくさん遊んで、たくさん寝て、子供には子供の苦労があるんだろうけど大人になると子供に戻りたいという感情が湧いていく。

「今の大人は本当に疲れている」私は最近そう思う場面をたびたび見かける。

電車で見かける死んだ魚の目をした中年の男性サラリーマン。

泣きじゃくる子供を疲れはてた表情であやす母親。

身体が悪いのにも関わらず会社に行くという使命を果たそうとする会社員。

そんな大人たちを見て育っている子供がネガティブな将来像を抱くのは仕方のないことだと思う。

本当にこの国は豊かなのかと疑問である。 

何の引っ掛かりもなくこのまま現状維持で生きていいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

なんで家計簿をつけるの?

家計簿をつける意味が私にはよくわかりません。

家計簿って月の支出がどうなっているのかを確認するものだと思うのですが、そもそも論として財やサービスを消費する時にその消費が本当に自分にとって必要なものなのかを考えていたら家計簿をつける必要性はないと思うのですよ。

本質的な問題として不要なものを買うから支出が増えて家計が苦しくなるという現象が起こると思うのですね。なら最初から不要なものを買うなよ(笑)って私は思ってしまいます。

例えば、物を買う時その物が減価償却した時でも長く使い続けられるとか、サービスを受ける頻度を計画するとかそれだけでも大分変ってくるのではないかと思います。

加えて、消費をしない習慣を日ごろから身に着けるというのも大事なのかなぁ~と思います。例えば、自動販売機で売っている缶ジュースがありました。この缶ジュースは150円でした。私の場合はこの缶ジュースを買わなかったら150円貰えるんだ~という発想になってしまうのです。(笑)

もし、この発想になれたのならお金をあまり使わない生活になっていくと思います。

お金を少しでも抑えたいのであれば家計簿をつけるよりもお金を使わないためにどうすればいいのかを自分の頭で考えて行動するという創造力の方が重要だと思います。

やりたいことがない日本人

やりたいことがないという日本人は多いと思う。

都市部では毎日学校や会社へ行くために満員の通勤電車で揺られながら通っているのではないだろうか。やりたいことよりもやるべきことを優先する民族なんだなぁ~と客観的に思ってしまう。

でも、本当はやりたいことがあるのではないだろうか?やりたいことがないのではなくやりたいことを会社や学校に追われてしまい時間がなかったり、「自分には絶対できない。」と思い込んでしまいやらなかったり…様々な原因があるのではないだろか。

やりたいことなんていくらでも思いつくものだと思う。

例えば、「美人と付き合い」「世界中旅したい」「毎日楽して暮らしたい」などなど…

人間には様々な願望や欲望?(笑)があると思います。欲望がある人間にやりたいことがないというのはおかしいと思うのですね。

なんかやりたいと思っているんだけど、「自分には出来ない」と思ってしまう。だからやりたいことがないことになってしまう…そんな悪循環に陥ってしまうのかなぁ~と。

だからこそ、やりたいことをもう一度頭で整理して「自分は人生で何をしたかったのか?」という自問自答をする必要があると思います。