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kazuNETの追憶 https://twitter.com/kazu51311101

中央大学に通う大学生のブログです。(笑)気楽にアクセスしてくださいね。

移動が感動?

20世紀は「移動」が「感動」だったと思うのですね。

例えば、

新幹線は「夢の超特急」だと言われていたり…

ライト兄弟は「人類の夢」だった飛行機の発明をしたり…

移動手段が画期的になるというのは「人類の希望」であり、人々は高揚し感動したと思うのですね。

しかし、21世紀になるとそれは当たり前のことになってしまって「移動」に感動しなくなってしまったと思うのですね。

なので、これからの移動においては「新しい価値」を提供しなければいけないと思っていて…

例えば、少子高齢化労働力人口が減少すると通勤電車の需要が減少するわけですが、その減少した需要を取り戻すために「新しい価値」の提供が必要になってくるんですね。

その「新しい価値」とは何なのか?

それが「新たな感動」だと思うのですね。

人類が進歩すれば「感動」も変わってくるので、その「感動」がどこにあるのかを見つけられた個人や組織は強いんじゃないかなぁ~と思うのです。

 

移動が感動?

 

 

 

 

みんな…画面の世界に生きている

外の世界には外の匂いが…

自分の家には家族や自分の匂いが…

友達にも一人一人違った匂いがある。

世界には様々な匂いがある。

だけど…現代人はみんな画面の世界で生きている。

ゲームの画面。

携帯の画面。

私だってパソコンの画面で今ブログを書いている。

だから、なかなか匂いに気付かない。

気付きにくい社会だと思う。

少し画面から離れてみたら「世界は美しい」と気付けるはずなのに…

 

みんな…画面の世界に生きている

 

 

 

繰り返す日常の謳歌

そもそも、変わらない日常には感謝しないといけないかと…

世界では治安が悪かったり、戦争をしていたり、食料が不足していたりしますが、そんな国々と日本とを相対的に比べた時、幸せのハードルが他の国よりもこの国は高いと思うのですね。

他の国では「死なない」とか「生きたい」とかそんなところから幸せのハードルが始まっている。つまり、幸せのハードルが低く設定されているのですね。

だけど、この国はそれが担保されていて「やりたいことをしたい」とか

「普通の人生は嫌だ!」とか平和が前提だから言える幸せのハードルをこの国の人々は設定しているのですね。

もちろんこの国の人の中にも絶対的な貧困層がいるわけですが、途上国と比較するとめちゃくちゃこの国は恵まれているのですね。

日本に生まれただけでとてもラッキーなわけで…

だから、変わらない日常に対して感謝しないといけないし、繰り返す日常に対して謳歌してもいいのかと…

 

繰り返す日常の謳歌…

 

 

 

 

絶対なんかない。

今の「自分」が絶対じゃない。

自分が正しいと思ってた過去。

そしてそれが間違えだと気付く未来。

必ず人は後悔する。

「なんであの時、間違えに気付かなかったんだろう?」と… 

人はその繰り返し…

そのたびに自己嫌悪。そしてすぐにそのことを忘れてまた過ちを繰り返す。

人は学習しない生き物だけど、成長を感じている。

 

絶対なんかない。

 

 

眠るってなんだっけ?

あれ?

眠るってなんだっけ?

そもそもなんで人間って眠るんだっけ?

どうやって眠るんだっけ?

あれ?眠り方を忘れてしまったよ。

人間って意識しているときから眠るという行為にどうやって移動するんだっけ?

考えれば考えるだけ眠れなくなるのについ考えてしまう。

だから結局眠れないという悪循環。

 

眠るってなんだっけ?

 

 

善意が人を傷つける

自分ではいいことをしたと思っていても、実は誰かを傷つけている。

しかし、それは「悪」ではない。なぜなら、本人がいいことをしていると思っているからだ。

人間は知らないうちに罪を犯しているものだ。人間は常に他の人間とすれ違っている。だから分かり合えない。だから暗い事件が起こってしまう。

つまり、全ての人間は罪人なのである。

日本などのアジア諸国では死刑制度があるが、そもそも論として罪人である人間が他の人間を裁き、犯罪者を「死刑」という行為で強制的に殺すなんておこがましいことなのではないだろうか?

死刑になるほどの大罪を犯したのは本人の問題だという意見もあるが、死刑になるほどの人間を生み出しているのは私達が作る社会なわけで、本人だけの問題ではないと思うのですよ。それには家庭環境、社会情勢、人間関係、様々な原因があり、それらによって犯罪者を生み出している。

法律というものは完全ではない。法律を作ることによって起こる悲劇もある。

法律というものは作れば作るだけ人権がなくなる。

その人権がなくなる過程で人間は本質的な部分をさらけ出す。

善意でもあり悪意でもある。

 

善意が人を傷つける…