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中央大学を卒業してなんとなぁ~く生きている人間のブログです。(笑)気楽にアクセスしてくださいね。

人は信用ならん

人は信用ならん。

親や先生は信用できない。

親や先生は偽善を吐くくせにその偽善が偽善であることを子供に教えない。

そうやって偽善の世界の中ですくすくと育った子供がいざ理不尽な社会に飛び込んだ時、どうゆう悲劇が起こるのかまるで理解していない。理解しようともしない。

ただ子供が無事に学校を卒業したり、普通に成人さえしてくれればいいと思っている。

その後のことをまるで考えていない。

親や先生は子供なんて見ていないのだ。先生は子供ではなく親を見ている。

親は子供ではなく世間体を気にしている。だからおかしくなる。

先生や親はよく口にする。

「他人が嫌がることはしてはいけません。」

この発言は欺瞞だ。

他人が嫌だと思うことを人は当たり前のようにやっているじゃないか。

先生や親だってたくさん無意識のうちに人を傷つけているのにね。

あんな発言をするような人達を私は信用できない。

社会も信用できない。

社会は当たり前のように嘘をつく。

会社、同僚、嘘で纏められた求人広告

ありとあらゆるものが嘘っぱちだ。

例えば、会社。

社会の中でも「会社」と呼ばれるコミュニティは嘘で舗装された空間に他ならない。

嘘も方便というがあらゆる体を体で重ね合わせるから「本物」がもはやなんなのかわからなくなる。

色んなものがわからなくなると人もわからなくなるものだ。

「他者」という存在はあるのだが、「自分」という個の部分がない…そんな感覚に見舞われ恐怖すら感じるようになる。

会社で働くとストレスであらゆる感性がなくなる。

感性がなくなると自分を失う。そして鬱になる…

会社とはそうゆうものだ。

段々、人から会社の論理で構築された機械へと変遷する。

その歯車になれなかった人は別の所の歯車になるために旅に出る。

旅に出た社会人は歯車になるために「役者」を演じる。

ほとんどの社会人は「サラリーマン役者」だ。

大根役者もいれば名優もいるだろう。

いつもニヤニヤ笑顔を演じている社会人Aさん、いつもイジラレキャラを演じてる社会人Bさん。色んなタイプの役者さん方がいらっしゃることは容易に想像がつく。

そうやって嘘で武装された人々が大量生産される。

そんな人々を信じることができるかと言われれば、私は信用できない。

まぁ、社会人になって友達ができない理由は上記に述べたことが原因で、利害関係ばかりが優先されて、「お互いを信用できない」ことが所以なのかもしれない。

子供の頃には大人への不信感が、大人なるとそれが社会への不信感に変わる。

だけど、本質は変わらない。