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中央大学を卒業してなんとなぁ~く生きている人間のブログです。(笑)気楽にアクセスしてくださいね。

生きることと働くことが一緒になっている。 ~生存と勤労の分離~

仕事で過労死や人間関係などで追い込まれて自殺したりすることが残念でならない。

なんでそんなことがこの国で起こるのだろうか?

それは生きる権利と働く義務が混在しており、働けない人間は「価値がない人間だ」とレッテルをはられることを恐れて自殺をしてしまうのではないかと推測してしまう。

日本は「勤労の義務」と言うよりかは「勤労の強制、強迫観念」を強く感じる。

明治維新以来の「富国強兵」のメンタリティが現代社会に名残として残っているのでは?と思ってしまう。

なんで皆が頑張ることが強制される社会なのだろう?

確かに、頑張ることは大事だし、努力することは素晴らしいことだと思う。

だけど、働きすぎや会社のいじめなどによる人間関係からくる自殺は

「生存と勤労の分離」(私が適当につけた造語)ができていない証拠なのではないだろうか?

頑張ることは大事だけど、それは個人が自分のできる範囲内で頑張ることが大事であってそれを社会や会社が強制的に追い込むと※「電通の事件」ような悲惨な結果をまねくだろう。

電通の事件…2015年当時24歳だった新入社員の女性社員がクリスマスに寮から飛び降り自殺をした事件。

これは私の推測だが、この事件で新入社員の女性社員が亡くなった理由は電通が大手の大企業であり、いくら過重な労働やパワハラがあったとしても耐え忍ぶことで大手の企業で働けるという自尊心と高収入が手に入ることで親を楽にすることができたり、自分自身の生活が楽になるという考えがあってなかなか辞めるという決断が出来なかったということと、働きすぎて辞めるという選択肢を考える余裕すらなかったのではないかと思う。

そもそも仕事というのは生活を維持したり、今よりも豊かになるためにするものであって職場の環境に合わずに鬱になったり、過重に労働したりするまでやるものではない。

今の日本の働き方は精神、肉体を擦り減らしながら皆が働いているようにしか私には見えない。

他の人が一生懸命働いているから自分もそのぐらい働かないと…みたいな考え方が日本人のメンタリティとしてあるのだろう。

だけど、1人1人個人の能力、体力、長所、短所あらゆるものが違うのだから皆が同じ出社時間で同じ労働時間で頑張るとか正直どうかしていると思う。

いかれているとしかいいようがない。

皆が平日同じ時間帯に電車に乗る「満員電車」という現象もどうかしている。

人間は機械じゃないわけで、1人1人に思いだったり、生き方だったり多種多様な考えがあるんだからその考えが反映された働き方になってないのはとても遺憾なことだ。